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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6303号 判決 1968年7月30日

原告

津名よ志子

ほか三名

被告

本村敏和

主文

被告は、原告津名よ志子に対し一、二七四、〇〇〇円、原告津名道子、同津名智子・同石川やす江に対し各六七八、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四一年七月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告ら―「被告は原告津名よ志子に対し、一、五八九、〇九〇円、同津名道子・同津名智子・同石川やす江に対し各八五三、〇五〇円およびこれらに対する昭和四一年七月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言

被告―「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

二、原告らの請求原因

(一)  交通事故の発生

昭和四一年六月九日午前九時頃、千葉県市川市八幡町一丁目五五五番地先路上において、被告が第二種原動機付自転車(江東な一四四三号、以下被告車という。)を運転して市川方面から船橋方面に向けて進行中、同路上を同一方向に歩行中の津名義延に接触し、路上に転倒させ、よつて同人を脳挫傷・脳内出血による呼吸麻痺のため翌一〇日午後六時三〇分死亡させた。

(二)  被告の過失

右事故は、前方注視義務を怠り漫然進行した被告の過失に因るものである。

(三)  原告らの身分関係

原告津名よ志子は亡義延の妻であり、その余の原告らはいずれも亡義延の子女である。

(四)  原告らの蒙つた損害

(1)  積極的財産損害(合計二五九、五一五円)

(イ) 治療費 二九、八四〇円

(ロ) 葬儀関係費 二二九、六七五円(葬儀社への支払分四五、二五〇円、妙法寺への支払分五二、〇〇〇円、雑費一三二、四二五円)

(2)  消極的財産損害(義延の得べかりし利益の喪失分)

義延は本件事故発生当時原告やす江の夫石川秀哉の経営する有限会社ナシヨナルビルサービスに勤め、主としてビル内部の清掃に従事し、月額平均三五、〇〇〇円を得、生活費として八、〇〇〇円を支出していたものであるが、同人は当時六三才の極めて健康な男子であつたから、その平均余命一二・二九年間引き続き稼働して毎月二七、〇〇〇円の純収益を得た筈であるのに、本件事故による死亡のため、これを失つた筋合であり、ホフマン式計算方法によりその現価を求めれば二、四八八、七二五円になる。

(3)  慰藉料

原告よ志子は義延とともに長野県駒ケ根市において、菓子製造業を営んでいたが、昭和四〇年一〇月下旬屋敷等を売却して上京し、前記のとおり稼働していたものであるところ、本件交通事故のため、突然夫の死亡に遇い、その余の原告らは父親と死別したものであつて、原告らの蒙つた精神的苦痛は甚大である。これを慰藉するには、原告よ志子については五〇万円、その余の原告らについては各三〇万円が相当である。

(五)  よつて被告に対し、原告よ志子は前記(1)の二五九、五一五円、(2)の得べかりし利益の喪失分の相続分八二九、五七五円、(3)の慰藉料五〇万円の合計一、五八九、〇九〇円、その余の原告らはそれぞれ前記(2)の得べかりし利益の喪失分の相続分五五三、〇五〇円、(3)の慰藉料三〇万円の合計八五三、〇五〇円およびこれらに対する本件不法行為後であり、本訴状送達の日の翌日である昭和四一年七月一六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、請求原因に対する答弁および仮定的抗弁

(一)  請求原因(一)の事実中、義延の死因(近因および被告車の接触との因果関係)を否認し、その余は認める。請求原因(二)の事実は否認する。請求原因(三)の事実は認める。請求原因(四)の事実は不知

(二)  本件道路は幅員一一メートルの交通頻繁な旧千葉街道であり、当時被告は時速約三五キロメートルで被告車を運転して道路左側端寄りを進行中、進路前方一二、三メートルの道路左側部分を同方向に歩行中の義延を発見したので、同人が格別後方の交通状況に配意することなく、また右側方には車両が連続進行しており、同人が横断する姿勢でもないところから、自車の進路中央寄りに替えたところ、突然義延が車道中央寄りにとび出してきたため被告車と接触したもので、高血圧症で脳溢血の発作症状のおそれのあつた同人が、この際にも該症状を呈し車道中央寄りによろめき出たものと推定され、本件接触事故発生の原因は同人の重大な過失によるものである。なお義延の身体には外傷がなかつたし、救急医師も特に手当を要する容態ではないと診断したのに、同人は翌夕卒然死亡したものである。仮りに被告に本件交通事故による損害賠償責任があるとしても、前記義延の過失は賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

四、証拠 〔略〕

理由

一、原告ら主張の請求原因(一)の事実は、義延の死因を除き当事者間に争いがなく、争点は専ら、事故発生の原因従つて被告および義延の過失の有無もしくは事故の態様と、義延の死亡との因果関係に存するから、以下これらの点につき検討する。

〔証拠略〕を総合すると、次のとおり認められる。

本件事故現場は、市街地を東西に通じ、旧千葉街道または国道一四号線と俗称される歩車道の区別はないが交通頻繁な幅約一一メートルのアスフアルト舗装の直線平坦な道路上であるところ、当時義延は早朝の清掃を終え、朝食を摂ろうとして帰宅中で、手を後部に組み、やや前かがみの姿勢ながら普通の歩度で、道路左側端から約一・三メートル位の間隔を保つて東方船橋方面へといわゆる左側通行中であつたこと、他方被告は時速約三五キロメートル位の速度で道路左側端から概二メートルの余地を残しながら、被告車を運転して東進中、前記姿態で歩行中の義延を前方一四メートル位に迫つて発見したものの、同人がそのまま歩行し続けるものと思い、格別減速することもなくまた警音器も吹鳴せず、かつ同人の動静について配意しないで進行を続けたこと、ところが、義延は前記姿態で数メートル歩んだのち、右方に斜行したため、被告は衝突の危険を覚え、急制度をなすと共に右に転把したが及ばないで衝突し、義延は後方に転倒し、被告車も右方に倒れたこと、衝突地点は道路左側端から道路中央よりに約二・六メートルの地点であること、義延は自ら起きあがることはできなかつたが、一見しては外傷がなく、特に苦痛を訴えることもなかつたが、収容された福田外科胃腸科医院において、翌日夕刻死亡したが、その直接死因は呼吸麻痺であつて、その原因は前記転倒による脳挫傷ならびに脳内出血と判定されたこと、義延は普通健康体であつて、軽作業(後記)ながらしばしば早朝就労や残業にも堪えていたものであること、なお本件現場附近において歩行者らが道路左側部分を通行する例は稀ではなかつたこと。以上のとおり認められ、この認定に反する被告本人尋問の結果は、前掲証拠に照らして信用しない。

右事実によれば、被告は先行歩行中の義延との側方の間隔を充分に保ち、同人の動静に配意するか、または減速してその動静に配意するか、もしくは減速のうえ、警音器を吹鳴し、もつて事故の発生を防止すべき義務があるのに、これを怠つたため義延を死亡させたものというべきであり、一方義延にも他の交通の安全を確認することなく、みだりに進路をかえ、中央寄りに斜行したことが事故発生の一因をなすものと認められ、被告と義延との過失の割合は概九対一とするのが相当である。

二、損害

(1)  積極的財産損害

〔証拠略〕によれば、原告よ志子は昭和四一年六月一一日医療費二九、八四〇円を前記福田医院に、同月一二日頃、川上葬儀社へ四五、二五〇円回向料等として妙法寺へ五二、〇〇〇円を各支払つたほか、葬儀関係雑費一三二、九八五円を出捐したことが認められるところ、右雑費中にはいわゆる香典返しのための合計三〇、一〇〇円(〔証拠略〕)が含まれるが、右は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえないから、これを控除(なお雑費中には弔問客の接待費も含まれるが、その数額は数万円を出ないうえに、遅くとも会葬日から一両日中の間におけるものであるから、右はいずれも本件事故と相当因果関係を有する損害と認める。結局雑費としては合計一〇二、八八五円で、葬儀関係費用としては合計二〇〇、一三五円)することとする。

(2)  消極的財産損害

〔証拠略〕を総合すると、義延は本件故当時六三才の普通健康体の男子で、原告石川やす江の夫である石川秀哉が営む有限会社ナシヨナルサービスに勤め、ビル清掃等の軽作業に従事し少くとも月額三五、〇〇〇円の収入を得、その生活費八、〇〇〇円を控除した月額二七、〇〇〇円以上の益をあげていたところ、右会社の従業員は老令者が多く、本件事故発生当時は二〇余名のうち六〇才前後の者が大半で、七〇才の者も就労していたので、本件事故に遭遇しなければ、義延も将来七〇才までの七年間にわたり、就労し、月額二七、〇〇〇円以上の純益をあげえたのに、これを失つたわけであるから、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除した純益合計の現価は一九〇万円(万円未満切捨、この項につき以下同じ。)である。そして原告らと義延との身分関係については当事者間に争いがなく、原告らのほかに相続人がいないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、義延の死亡により、右逸失利益のうち、原告よ志子はその三分の一にあたる六三万円、その余の原告らは各三分の二の三分の一にあたる四二万円を相続により承継取得した筋合である。

(3)  慰藉料

前掲証拠と弁論の全趣旨によれば、白昼歩行中、さしたる過失もなく、夫であり、または父であつた義延を失つた原告らの精神的苦痛は甚大であつたものと推認され、これを慰藉するには、前記義延の過失を斟酌してもなお、原告よ志子につき五〇万円、その余の原告らにつき各三〇万円とするのが相当である。

(4)  過失相殺

前記義延の過失を各財産損害の賠償につき斟酌するに、原告よ志子の分合計八五九、九七五円は、これを七七四、〇〇〇円とし、その余の原告らの分各四二万円は各三七八、〇〇〇円とするのが相当である。

三、よつて被告は、原告よ志子に対しては前記(3)と(4)の合計一、二七四、〇〇〇円、その余の原告らに対しては各前記(3)と(4)の合計六七八、〇〇〇円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四一年七月一六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

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